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根源に続く道

台風19号において被災された皆様、謹んでお見舞い申し上げます。

人生の問いを深めるーマスターとの時間ー

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「時が止まったかのよう。」
そんな言葉が似合う喫茶店がある。
場所は、私の家から電車で2時間。
訪問記を何度かブログにも書いた。

初めて訪れたのは数年前。
回数にすると、訪れたのは6,7回。
けれど、10年以上前から何十回と通っているような親しみを覚えている。





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先日、その喫茶店に行った。
喫茶店は営業時間中。
けれど、店頭の照明は消えていた。
早く閉店したのかな?
店内は薄明かりがついていた。
奥に、マスターが見えた。

うーん、どうしよう。
「せっかく来たのだよ、声をかけていこうよ。」
という私と
早々に閉店したってことは、一人の時間が欲しいのかな。
声をかけたら迷惑かな。」
という私が交差する。

私は色んな考え・可能性が一気に浮かぶので、行動が止まりやすい。
しばらく店先でうろうろする。
・・・
せっかく来たのだ。
思い切って、えいや!っと、店に入った。






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マスターは、驚いた表情で迎えてくれた。
というのも
「今日、宮坂さんに手紙を書こうと思ったんです。」
と言うのだ。
前に行った時も、面白い偶然があった。
その日は、マスターの仲良しのお客さんの命日。
私はその日、そのお客さんと同じような話…本質とは?…という話をした。
ということがあった。
過去ブログ:生きた時間

「不思議ですね」とマスター。
しかし、すぐに訂正する。
「いや、不思議、というのは軽すぎる。しっくりこない。
もっと、ふさわしい言葉があるのでしょう。なんでしょうか」
丁寧に、気持ちと一致した言葉を探す。
マスターのそんな誠実さが好きだ。

「飲みますか?」
とマスター。
珈琲のことかと思ったら、お酒だった。
発泡酒を2缶、氷の入ったピッチャー、グラスを持ってきてくださった。
発泡酒に氷?
訝しげにピッチャーを見る私。

マスターは、グラスに氷を入れ、そしてすぐに氷をピッチャーに戻した。
なるほど、グラスを冷やしてくれたのか!
喫茶店のプロの技(?)に感動した。






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前回の絵画展で展示した作品



今年は、言葉を軽んじられた、と感じる経験が多かった。
気持ちを出すと、煙たがられた。
次第に気持ちを抑えるようになっていった。
言葉にしなけば何も伝わらない。
それどころか、相手のものの見方によっては関係性が悪化する。
そうして、関係性に亀裂が入る。
という悪循環を体験した。

私は、マスターにいろんな話をした。
マスターは、じっくり丁寧に聞いてくれる。
ただただ、私の発した声を辿る。 
沈黙も含めて、まるで、一緒に歌っているようで、心地が良い。
だからこちらもリラックスして、素直に話せた。

今回、マスターと話した様々な話の中で、特に印象的だったのは
「物事の答えとは?」
という話。
その問いに関する新聞記事もあって、一層盛り上がった。
「答え」を探しても見つからないとき。 
一体、どこを探しているのだろう。
 そんな時は、答えのない場所を探している。 
自分の内側に答えがあるのに、外側を探している。 
もしくは 外側にヒントがあるのに、自分の内側ばかり見ている。 
それでは、見つからないかもしれない。  
ならばなぜ、答えのない場所に答えを探すのか。
 それは、自信がないから、ではないか。  
帰りの電車でひとり、マスターとの話を反芻したり問いを深めたりした。
 答えのない問い。
 答えを見つける必要はない。
 色んな角度から考えることで視野が広げる。 
そこから、問いの答えらしきヒントに出会う。 
そんな風に考えを巡らせることが楽しかった。



後日、2日に渡ってマスターから手紙が届いた。
四角く丁寧な字で書かれたその手紙は、好奇心旺盛な子どもが、親に
「こんな気づきがあったよ!」
と、発見を報告するような内容だった。

マスターは、パソコンもスマホもない。
だから、やりとりといえば、手紙か電話だ。
手紙を書く、という行為は、たくさんの時間が必要だ。
文字を整えたり、書き間違えないよう文を考えたり、ときに、文ばかりでは読み手が疲れるかもしれないので、絵を描いたり。
 そんな配慮溢れる手紙は、誰もが忙しい現代には合わず、大切なことを伝えるときに使う手段、になりつつある。
 そんな中、手紙というツールを気軽に自由に使うマスターのコミュニケーションが、とても嬉しかった。






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マスターの喫茶店で、12月に絵画展がある。
私は2年連続で出展している。
しかし、先月私の地元が台風で大きく被災したことが影響してか、先日、心が疲弊していると気づく瞬間があった。
普段はその疲弊が意識に上らないので、まさか!?と、自分で驚いた。
それがあって、自己表現をするパワーはないかもしれない、と、出ない方向でいた。

けれども、マスターと話をして視野が広がり、見方が変わった。
こんな時こそ自分の内側と対話をする。
そして素直に心の声を表現する。
それこそが自分を大切にすることであり、自分を癒すことなんだ。
と思ったのだ。

時間はない。
けれど、時間のなさを嘆いていては、何もできない。
短期移住をした鹿児島の人たちとのコミュニケーション
「できる」を前提に物事を考える。
「できる」を前提に、相手の"これやってみたい”の話を聞く。
この姿勢がとても嬉しかった。
だから、私も自分自身に、前向きな言葉がけをしながら今年も描いてみようと思う。



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